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日本の農政
【記事】新たな日本の食糧危機では、都市で生まれる「餓鬼」で社会崩壊? 2008年11月15日

こうならないようにしていかないといけないっすよね。
セコムが畑に入るのも時間の問題か!?


記事もと

http://www.news.janjan.jp/living/0808/0808154617/1.php

最近、農業関係者の方と話をしていて「食糧危機になれば、今まで農業をバカにしていた都市部の人間が頭を下げて食料を譲ってくれと頼んでくるよ。戦争直後の食糧難の時もそうだった」という意見を聞いた。だが当時と現在とでは農村と都市の人口比が大きく異なるので、むしろ圧倒的多数の“餓鬼”が都市から押し寄せ、社会的危機となる懸念があると感じる。


最近、農業関係者の方と話をしていて気になることがある。「食糧危機になれば、今まで農業をバカにしていた都市部の人間が頭を下げて食料を譲ってくれと頼んでくるよ。戦争直後の食糧難の時もそうだった」という声をよく聞くのだ。

 だが、食糧危機は決して日本農業にとって「朗報」とは言えない。相当に深刻な事態に至ることが予想される。

 戦後まもなくの食糧難の時、都市部の人たちが農村に頭を下げてきたのは、農村人口が大きかったからだ。1950年の数字を見ても、非農業雇用者が1318万人であるのに対し、農業従事者は1610万人。都市部の人たちが食料を求めて農村部に来ても、農家の方が数で勝っていたのだ。都市部の人間を数で押し返す力が、農村に存在したことになる。

 だが、現在は事情が全く異なる。農業人口は300万人程度、残りの1億2,400万人は「都会人」ということになる。都市部の人たちが農村に食料を求めて大挙して押し寄せてきたとしたら、どうなるだろうか?食糧危機で飢え、大量の「餓鬼」と化した都市部の人たちを、果たして押し返せるだろうか?

 昨今は、農家の方が寝静まっている間に農作物がごっそりと盗まれているという事件が後を絶たない。都市部の人間がみな泥棒ではないにしろ、これだけ飽食の時代にあって、そんな事件が多発しているのである。果たして、みながみな、「頭を下げて食料を譲ってくれと頼んでくる」だろうか?

 もし大挙して都市部の人間が食料を求めて農村にやってくれば、1人で40人を相手にすることになる。自警団を組んで24時間パトロールしても難しいだろう。そもそも、農業は過酷な労働である。夜も寝ずに番をするというのでは、体が保たない。

 しかも、飢えた子どもを抱えている人間は、なんとしても食料を得ようと必死である。銃の脅しも利かないかも知れない。警察や軍隊が出動しても、食糧難だけは抑えが効かない。飢えた人間は「餓鬼」になるからだ。銃で撃てば、今度は数で大挙し、報復するという最悪の事態も考えられる。農村部は、食料を作るどころか、十分に熟さない作物まで根絶やしにされ、荒廃してしまう恐れもでてこよう。

 農業にとって厳しい条件は他にもある。農業人口の58%が65歳以上(2005年)という超高齢化である。食料危機が起きる頃には、こうした人たちもリタイアしているだろう。農業人口はますます少なくなっており、大挙して押し寄せて来かねない都市部の人間を相手にしなければならないのだ。

 さらに、農業生産を向上させようにも、難しいのは肥料の不足だ。中国がリン肥料を事実上禁輸措置したたことを始め、世界的に肥料資源が不足している。原料がなければ、そもそも化学肥料を製造できなくなる。現実に、農家の中には、肥料を注文しても3割の量しか納入されない、という声が出ている。肥料がなければ増産はきわめて困難になる。「食糧よこせ」の声にどのように応えればよいのだろうか。

 肥料の不足がどのような事態を招くのか、戦前の状況が参考になる。日中戦争開始後、リンとカリウムの肥料が急速に手に入らなくなり、戦争末期にはほぼゼロになっている。1937年にそれぞれ45kg/10a、28kg/10aだったのが、1945年には2.1kg/10a、1.2kg/10aに減少した。窒素肥料も1943年以降には急速に手に入らなくなってしまった。肥料配給統制令(1939年)以後は肥料が手に入りにくくなり、屎尿などの確保に追われ、市街地の集合住宅や学校を回ってくみ取りをし、そのうちに肥料商人と対立したりなど、大変な状況になった。

 それでもこのときは、農家の方が数が多かった。今は、都市部の人間の方が圧倒的に多い。

 農家の方は、自衛的な意味でも、都市部の人たちとの直接的なつながりを強めておく方がよいと思われる。一定数の「味方」をつけることで、理不尽なタイプの都市型人間たちと数で対抗できるようにするのだ。都市部の人たちも、自分たちに食料を安定供給してくれる農村の人たちとの直接的な結びつきを保つようにした方がよいだろう。

 飢えを知らない人が飢えたとき、「餓鬼」が大量発生する。私たちは、そのことにも十分な警戒をしておく必要があるだろう。



この記事を書いた倅(せがれ):ミツシ
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