

千葉県在住のヒサオ(58歳)がサラリーマンをしながら、定年退職後にベリー園を開くべく準備を始めました。目標は2010年の開園。
◇家族
ヒサオは次女のエミコが知的障害を持っていて、娘が地域の学校に通い地域で暮らしていけるようにと願って、妻と共に「ちばMDエコネット」の立ち上げから参加。障害のある人もない人も共に地域の環境活動に参加して、住みよいまちづくりをしていこう、というものです。そこで1999年に遊休農地を活用した「障害者と共に創るコミュニティガーデン事業」を実施。また、ちばMDエコネットは1999年にNPO法人になります。以来、ちばMDエコネットの農園活動の担当に。農園活動を続ける中で、「障害のある人が農園でいろんな人と交流し、働く場ができたらいいな。」と考えるようになりました。まだ日本でそれほど流通していないベリーですが、栽培はそれほど難しくなく、摘み取り体験もできます。そこで、障害のある人も働けるようなベリー園を開きたいと考えるようになりました。
◇やっていること
長女のヨシミはそんな家族で育ち、「何かしら障害のある人の社会参加を進めるようなことができたらいいなあ。」と思ってはいたものの、何をしたらいいのかよくわかりませんでした。そして、大学在学中にちばMDエコネットの活動に少しずつ関わり始め、農園活動の楽しさを感じていたところ、2002年にコミュニティカフェ〈ひなたぼっこ〉を開くことが決まりました。当時、ちばMDエコネットには50代の腕利き事務局長がいましたが、代替わりを検討しているところでした。たまたま飛び込んでしまったヨシミはちばMDエコネットの事務局長として活動することになり、その後様々なNPO活動に参加して自身のネットワークを広げながら現在に至ります。
◇負い目
長女として三十路に突入してもまだ自宅暮らしのヨシミは、「早く嫁に行って欲しい。」というヒサオとチエコ(両親)のプレッシャーを受け、「こればっかりはどうしようもない。」と反発しながらも、自宅でやっかいになっているという負い目があるわけです。また、父がしようとしていることに何か協力したいとも感じていました。親孝行ってやつですね。
◇きっかけ
2008年。「今年は素直に自分が親に対してできることをしていきたい。」と心改めていた時に、たまたま1月3日放送のTOKYO-FMで「セガレ」を知りました。親が農家の倅(せがれ)が、地元ではなく、今住んでいる東京でできることをしているらしい。親御さんが作ったラ・フランスを東京の青空市場で売っているようで、ラジオからは市場の活気と、親御さんの嬉しそうな声が聞こえました。
◇アクション
いつものカンで「これは面白そう!」と思い、ヨシミはネットで「セガレ」を検索。問い合わせのメールを送りました。すぐに返信があり、セガレの女性版「セ・ガール」に当てはまるかどうか、直接会って話をさせてもらえることになりました。現在サラリーマンをしている父を持つヨシミは、「農家のセガレ」という枠には当てはまらないわけですが、仲間に入れてもらえたらいいな、と思っていました。
◇BBP
セガレのミツシさんが〈ひなたぼっこ〉に来てくれることになり、1月12日に〈ひなたぼっこ〉で色々と話してみたところ、20日にセガレの3人で会うから、その時にやりたいことを話してみようという事になりました。
ヨシミは「ベリーを食べてキレイになる=Berry Beauty Project」をしようと考えてみました。そして1月20日に恵比寿でのセガレミーティングに参加。とりあえず、メンバーに入れてもらうことになりました。さらに!BBPに加わってくれるという女性が2名も。これから地道に楽しく、BBPを進めて行きたいと思います。


